蜘蛛の糸というお話がある。有名だから説明するまでもないだろう。愚かな人間の様子。自分のことだけしか考えない者は救われない。苦悩の中でもがくほど、人は欲に溺れ、そしてそんな様子を必ず誰かが見ているものだ。そんな教訓にばかり意識が向いていたが、最近になって思うのは、蜘蛛の存在の大きさだ。考えてもみてほしい、お釈迦様が救うのかと思いきや、直接救わずに、救ってあげてと頼まれたのが蜘蛛なのだ。救いの糸を垂らせる、誰かを救える、そんな力を授かった生物。極楽と地獄を行き来することができる生物。それに、この蜘蛛はお釈迦様と共に極楽にいるのだ。
汗をかきかきあちこちせっせと救いの糸を垂らす蜘蛛。さてどれだけの者が救われるのか。あるいは救われてきたのか。もし、まだ誰一人極楽へ這い上がってきた者がいないのであれば蜘蛛はどんな気持ちなのだろう。あるいは、かつて這い上がれた者がいたのなら蜘蛛はどんな気持ちだっただろう。糸は垂らすことができるがその糸が切れてしまうかどうかは上がってくる者次第なのだ。自分が一生懸命糸を垂らして救おうとしているのに切れるかどうか自分ではどうしようもない、歯痒いことである。
蜘蛛の糸はそもそも、その糸に絡め取られた者を食べるための罠でもある。上がった途端に食べられてしまうなんてことはないだろうか。もし地獄にも蜘蛛がいたとしたら、その糸を上がった途端食われてしまうだろう。その糸は決して切れず、キラキラと美しい糸になっているはずだ。出来るだけ多くを食べるための罠なのだから。こんな想像を働かせると、極楽への道は険しそうに感じる。目の前に現れる沢山の蜘蛛の糸の中から、極楽蜘蛛の糸を選び、糸が切れないように登り着かなければならない。
人生いろいろある中で地獄のように辛い気持ちに苛まれることもある。そんな苦悩の中、目の前には沢山の蜘蛛の糸が垂れ下がってくる。苦悩の時期は紛い物も輝く。輝く地獄蜘蛛の糸は分かっていても抗い難い。きっと登ってしまうだろう。深手を負うはずだ。それでも諦めず、キラキラ輝く地獄蜘蛛の糸を横目に極楽蜘蛛の糸を見つけ出し、誠実な心でたぐっていけば最後に必ず極楽へ辿り着ける。極楽に着いたら第一声は”お待たせ!”だろう。今から、極楽蜘蛛に会えるのが楽しみだ。
さて、ここで一曲
本日は
David Bowie
Dead man walking

アーティスト:DAVID BOWIE
曲タイトル:Dead man walking
アルバム : Earthling
リリース : 1997年
「3✖️3EYES(サザンアイズ)」
という漫画を読みながらよく聴いていた
東洋を舞台にした物語なのに
なぜか西洋発のこの曲がとてもマッチしていた
私からは絶対出てこないと思わせるくらい
斬新なインスピレーションを
いくつも生み出すこのアーティスト
凄いと思った
そうそう
よく考えたら3✖️3EYESは不死人が主人公
Dead man walking
どうりでマッチするわけだ
今日も一日お疲れ様です
最高の一日に感謝!
本日もありがとうございました!
